長い動画なので、内容を自分なりに整理してみます。自分の私見もはさみますので、動画と見比べて下さい。
【原始仏教と大乗仏教】
初期仏教(小乗・原始仏教)
・悪因悪善因楽、自業自得の世界
・解脱・成仏・アラカンを目指す
釈迦とは、悟った人、目覚めた人、真理を獲得した者
煩悩、世間、言葉、虚妄、迷い、輪廻からの解脱
釈迦は、個人主義などという言葉がない時代から「我」を意識し
生老病死は、母と子でも成り代わる事が出来ない事を説く
→自我の非代替性
すなわち、各人が自力で悟らなければならないという事だ
対して大乗仏教は
突然、往生、浄土、、極楽世界、浄瑠璃の世界を説き
阿弥陀如来の願いによって、皆が救われるとう他力信仰を説く
有名なのが、歎異抄の「善人なおもって往生を遂ぐ いわんや悪人をや」
浄土教は、南無阿弥陀仏ーすなわち阿弥陀仏の名に、南無(同意)することにより
日蓮宗は、法華経ーすなわち経典に、南無(同意)することにより
救われて、浄土、極楽に往生するという教え
つまり、初期仏教と大乗仏教は、ベクトルが全く対極的なのである
そこで、「大乗非仏説論」と言う説もある。
【大乗仏教とキリスト教】
この事に関して、二つの事が指摘されています。
一つは大乗がキリスト教の影響を受けたものであるということ
歎異抄の「善人なおもって往生を遂ぐ いわんや悪人をや」という言葉に関しては
聖書の中に、同様の言葉があることが呉智英によって指摘されています。
ルカ5:31そこで、イエスは答えて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
32わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」
付け加えますと、大乗仏教をはじめた、ナーガールジュナの時代には
すでにキリストの12使徒の一人である、トマスがインドに
キリスト教を伝えていた事が明らかになっているので
その影響を受けた可能性は充分にあります。
また日本の大乗仏教諸派に関しては、中国から学びましたので
その時既に、中国で隆盛していた景教というキリスト教の
影響を受けたことも言われています。
念仏を唱え、名前を呼ぶことによって救われるという概念も非常にキリスト教的です。
聖書使徒の働き2:21しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』
という言葉がありますが、これと全く同じだからです。
【修正主義と原理主義】
宮崎哲弥さんは、
貧困や、目の前で、愛する人の死などに直面している人に対して
オリジナルの釈迦の仏教ではなく、救済の教えを説くことは、人を慰撫することになり
その上で、釈迦の教えを教えることは認められるのではないかと言いますが
呉智英さんは、その事を認めつつも
「それが正しい真理であるかは別問題」だと釘をさされます。
修正主義とは、現状に合わせて、教えを修正していくものであり
原理主義とは、現状に関わりなく、経典や聖書などをそのまま解釈するもの
プロテスタントは、修正主義に見えて、原理主義であり
大乗仏教は、釈迦の教えをそのまま伝えているようで、修正主義的な側面を持っているとう事です。
つまり、貧困や、目の前で、愛する人の死などに直面している人に対して
念仏を唱えさえすれば、往生して極楽浄土へ行けるという
原始仏教からは大きく乖離した教えが、唱えられたという事です。
【その他】
・ショーペンハウアーなどの西洋の哲学者が、自我の問題で苦しんでいる時に
釈迦の教えに注目したが、それは時代の中で変容した大乗仏教ではなく
原始仏教に注目
・禅宗は、大乗仏教の中で、初期仏教に回帰さいた宗派
【総評】
特定の、宗派や門徒としての立場に縛られることなく、自由闊達な仏教鼎談
まさに、リベラルアーツ的です。
呉 智英 (著)のつぎはぎ仏教入門も併せてお読みください。h
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